2003年の春、アメリカ大使館に勤務する“Bob と Rick”が浅草会(旧浅草チャプター)のメンバーとなった。

「せっかく日本に来たのだから富士山を間近に見せてやりたい。」
同年7月、富士山方面へ彼らとツーリングに行ったのだが、曇り−小雨で残念ながら富士山を拝ませることは出来なかった。

そして今年の6月、彼らは3年間の在日勤務を終え、日本を去ることとなった。
新たな任地は、Bobがルーマニア、Rickはワシントン。

Bobには、4月のツーリングでお別れの挨拶をしてもらった。
しかし、「せっかく日本にいたのに富士山を見ないで、このまま帰すわけには行かない!」と、
“Bob & Rick ラストラン”「.リベンジ Mt Fuji!」が、Mitsuさんの提案で企画された。
Photo:miyuki,momo, Wakabayashi, Mitsu, sharaku, yama
Report:yama

'05. 5.29 中央道/石川PA
BobとTina、Rick。そして別れを惜しむ15人の仲間達が集まった。
まあまあの天気だが、富士山の方角には雲が掛かっていた。
am 9:00
久しぶりに永井さんの先導で、石川PAを出発。
河口湖ICで高速を下り、富士ビジターセンターであきおっち・山内さん、湘南の松本さん・山崎さんと合流。
これで主賓3人+19人となった。
先ずは、バリバリの観光地:“忍野八海”を目指す。

m10:00
駐車場所を探す途中、若干1台の立ちゴケ車が発生したが(誰だよぉ、まったく)取りあえず忍野八海に無事到着。
私は観光地が苦手なため、ここには一度も訪れたことが無かったのだが、来て見てビックリ!
とても奇麗な場所だったのですね。(一度は来るべし!)
永井さんは、みんなが観光とお土産を物色している間、昼食場所を探すため偵察に出ていた。
そして偵察から戻った永井さんが取り出した“赤紙”は!
(今朝 家を出てすぐ、スピードオーバーでとっ捕まった時のものらしい)/がはっ、
肝心の昼飯処だが、忍野村の峠にあるお感じのいい蕎麦屋を発見してくれたらしい。

am11:30
「天祥庵(てんしょうあん)」に到着。
茅葺き屋根のたたずまいが、いかにもこの日のツーリング趣旨に相応しい。
私が食した蕎麦はコレ:「ぶっかけ」。
しゃもじに塗られた焼味噌と、なめこ・キクラゲ・茗荷・紫蘇の葉、葱を蕎麦の上にのせ、つゆを“ぶっかけ”、混ぜて食べる。

細めの蕎麦は歯ごたえがあり、焼味噌の風味がマッチして、なかなか旨い!

他には、せいろ蕎麦・からみ蕎麦など。
我々が「ずずっ」と口の中にすすり込むのに対し、BobとTinaと Rickは当然ながら同じようには出来ない。
見ていて妙に面白かった。
やはり“sushi”とか“tenpura”の方がウケがいい理由がわかった。

忍野村〜山中湖の湖畔を通り、pm12:40 三国峠の手前:パノラマ台で休憩。
晴れていれば湖と富士山を一望できたのだが、この日の富士は未だに顔を見せない。
tちなみに晴れてたら、こんな感じ→
click 
とりあえず記念に集合shot!
「やまちゃーん、富士山は後で合成させてねえ〜。  
ほいほい→
こちらもclick 
うぅ〜〜〜ん、残念。
「だいぶ望みは薄くなってきましたが、今度は富士山の裾野へ行ってみましょう!」
三国峠を越え、富士スピードウェイの前でMitsuさんと分かれ、一向は富士山を目指した。

pm 2:30
南側の周遊道路/水ヶ塚PAに到着。
富士山を北側正面に見上げる位置にある休憩所なのだが・・・。

スカイラインを5合目まで登る予定でいたが、上は確立100%で雨だろう。
それに、すでにこの場所でも十分寒い!
スカイラインを下り、R469で御殿場へと向かった。

途中、
雲の切れ間から富士山の山頂がチラッと見えていたが、彼らは気付いてくれただろうか。

pm 4:20
東名/足柄SAに到着。
ここで解散だ。

会のみんなから記念品として、風神・雷神のテーブルセンター(西陣織)を渡した。

BobとRickからの挨拶は、山内さんに通訳してもらった。
そしてBobとTinaとRickは、「自分達だけで宿舎まで帰れるから」と言い、
みんなの見送りを受けて帰っていった。

「ようやく付添いなしで帰れるようになったか。」と思ったら、もう今日で最後なのかあ・・・。
いかつい がたいだが優しい目をした、いや ほんとに優しく陽気だったBob。

いつもみんなに感謝していた。



Bobの奥さんTinaは、フレンドリーでチャーミングな笑顔がとても素敵な女性だった。
どこか日本のお父さんみたいな雰囲気を持つRick。

会の中にいてもマイペースでのんびりとしていて、
周りに気兼ねや緊張を感じさせないいつも紳士な男だった。
最後まで3人とも日本語を殆んど覚えなかったが、それは我々と一緒に走り・楽しむのに、言葉の違いを不便と感じる事が無かったからだろう。
もちろん通訳の上では、Mitsuさんや他のバイリンメンバーのお世話になってはいたが、
ツーリングの時にはお互いの表情だけで、コミュニケーションは十分取れてたんじゃないかと思う。

別れ際、「また会おう!」という気持ちで手を上げて見送った。
しかし再会を言葉で約束する事はしなかった。
もう会うことは無いかもしれないが、永久の別れを想う必要も無いと想った。
きっと彼らはバイクで走る事を止めないだろう。だから、いつまでも浅草会のメンバーだ。
そして我々の仲間だ!
だから、私たちもこのまま走り続ければいい。
それが薄れる事の無い“仲間の証”だろう。

下の画像をクリックして、『スナップショット(スライドショー)』をお楽しみ下さい。

'05. 6. 3
US.EMBにて、日本を離れる同僚たちのために“お別れパーティー”が開かれました。
ラストランの時、Bobからお誘いを受けたので、参加させてもらうつもりでしたが、
仕事の都合でドタキャン。
Mitsuさんにその時の様子(shot)を送ってもらいました。
click

Party Shot!
おわり