オサダモータースから案内が届いた。


  我が国のモーターサイクルの歴史は戦後から数年が過ぎた頃と考えます。

  その後、オサダモータースが開業して50年経ちました。

  そこで半世紀を記念して、オートバイ仲間と共に祝いたいと思い企画しました。

  兎に角オートバイが好きな皆で集まって、一杯飲みながらわいわいやりませんか。

2004.11.20
PM6:30〜9:00
東京マリオットホテル錦糸町東武 4F 「錦」

賛同人
河北 啓二氏(HOT-DOCK) 
柴崎 武彦氏(SUNDANCE) 
神宮司 忠男氏(Guzzi Sport Jingushi) 
三井 晃氏(スタッフハウスモータースポーツクラブ)


下町ディーラーのお祝いパーティ ?!
いったいどれだけの人が来ているのか。(250人超〜?)

参列者を見渡すと、名立たる業界の有名人があっちにもこっちにも!
戦後日本のオートバイ史のなかで、語るに外せない偉人たちばかりだ。
正装、カジュアル、バイカー、普段着・・。
「今日はいったい何のパーティーですか?」
ははは、、そう問われても不思議ではないですよね。

パーティーは、長田社長の挨拶で始まった。

これだけの参列者を前にしても、その語りはいつもと同じ普段着のままで、
照れながらも気さくな口調でこれまでのあゆみ〜現況〜抱負、そして参列者
への感謝が伝えられた。

続いてアライヘルメットの新井社長が挨拶。
いきなり指名を受けたにも関わらず、終始片手をスラックスのポケットに入れたまま、
「これからの日本が良くなって往くには、みんながオートバイに乗ればいいんです。」
「高齢化が問題だと言われていますが、オートバイに乗っていれば呆け老人は無くな
 ります。なぜなら、呆ける前に事故って死んでしまうからです。」

長身で“ダンディー”な振る舞いと堅苦しさの全く無い新井氏のスピーチは、
見事なまでにこのパーティーの趣旨と聞く者のの心を捉えていた。



シャンパンによる乾杯〜歓談が始まってからも、次々と来賓よりお祝いスピーチが続いた。

スピーチするみんなが長田社長のことを「しょうちゃん」と読んでいた。

社長のことを敬称する人はだれもいなかった。

皆、友達であり仲間であり、長田社長のお祝いに相応しい言葉でこのパーティーを盛上げていた。

誰に対しても対等に話し、対等に付き合い、対等に楽しむ。
本音しかものを言えない不器用さ。いや、そのまんまが長田社長の人柄だろう。

その人柄がこれだけの人たちを、お祝いに駆けつけさせたのだ。

「“悪餓鬼”万歳!」、だ。

料理のショットが一枚もないのは、大したことが無かったからではなく、
「とても旨かった」からです。

滅多に食えない美味しい料理を前に、デジカメなんか撮ってる場合ではなかったのです。
特に、会場内で焼いてくれたステーキは絶品!でした。
舞台の脇では、先日放映されたディスカバリーch/浅草会(chapter)も出演した番組のビデオ
が流され、
一緒に参加した仲間たちと大いに語らい、
初対面だけど同じバイク馬鹿な楽しい人たちとも交流し、
絶え間なく注がれるビールやワイン・八海山を片手に、

「こんなパーティー、最高だね!」

てな感じで、山ほど楽しくあっという間に時間が過ぎていきました。

pm9:00を過ぎ、場所を同ホテル/スカイラウンジ・バーに移し二次回・・・・・・・、

・・・ほとんど記憶なし・・・。

よって、photoもほとんど無し。

(最後に携帯を置き忘れて帰りました。)

“オサダモータース創立50周年”

おめでとうございました!
おわり